top of page
Beyond the Time
ロール紙・蝋・墨・炭・煤・雲母
2024
私は「人」という古代漢字を繰り返し書くこと で、存在とは何かを探っている。 大作に文字を書く実験を続けるなかで、ある現 象が起こった。同じように書いたはずの「人」の 文字が、蝋によって紙に残ったり、墨で塗り潰さ れたりと、それぞれ異なる痕跡を残していったの である。それはまるで、歴史の中で記録に残るこ とのできた者と、名もなきまま埋もれていった無 数の人々を映し出すかのようだった。 黒い紙面に書かれた「人」の文字は、確かにそ こにある。しかし、光の加減や見る角度、湿度や 時間帯によって現れたり、消えたりする。その不 確かさは、まるで現実の人間社会そのもののよう でもある。 私は、書ききれないほどの「人」の文字を、あえ て書くという行為を通して、「個」がいかに脆く、 それでも確かに存在しているということを問うて いる。蝋や墨、雲母といった不安定な素材は、存 在の儚さや記憶の曖昧さを象徴する。文字の現 れ方ひとつをとっても、人という存在の揺らぎが 浮かび上がる。 無数の「人」のなかに、自らもまた含まれている という自覚とともに、私は書の中に小さな宇宙を 構成しようとしている。 書くという行為が、名もなき存在に光を当てる手 段となることを信じている。

Loneliness
画仙紙・墨・雲母・蝋
2024
パソコンやスマートフォンなどによる情報伝達の高度デジタル化が進んだ結 果、人間は現実会話の能力を退化させようとしている。 私は、人が従来のコミュニケーションを見失い、孤立していく姿を書いた。 作品は篆書体で「人」と書かれている。 左右の顔らしき部分を挟み、鏡に映る三つの顔の視点が平面を飛び出し、立 体的な三角形になるよう構成した。 三面鏡のような構造であり、これは目には見えない空間性を意識した仮名の 技法であると同時に、近代絵画のキュビズムにも通じている。 人はどんなに努力しても、自らの顔を肉眼で見ることはできない。しかし、三 面鏡の中央に自分を置くことで、他者のまなざしを介し、ようやく自身の存在 を確かめることができる。 言語もまた同じだ。 私たちは自分の言葉を通してしか世界を認識できないが、その言葉の奥にあ る「他者とのつながり」を失えば、世界そのものが閉ざされてしまう。 人が一人になったとき、言葉は滅び、記憶だけが書として残る。それは、人が かつて存在したことを示す、最も静かな祈りである。
天と地と人 / Heaven, earth and people
画仙紙・墨・蝋
2024
古代漢字で書かれた人が、特別な意味を持つ 「3」という数字について、また、三角形について 話している。 3人は調和やバランスを取りたいと考えている。 私は3人の間のあわい(黒い部分)に注目して いて、向かい合うもののあいだや、物と物との関 係、事と事との時間的な間を表現している。 1人は天について考え、2人目は地について、3人 目は人について深く考えている。天地と人間が調 和して初めて安定した社会や秩序が保たれるこ とを願っている。
GAP
画箋紙・蝋・膠・墨・雲母
2024
現実と非現実の境界を書いた。 書道において、かつて顔真卿も行った補筆とい う技法を意図的に行うことで、書の領域を広げ ている。 つまり、補筆があるからこそ、この作品は「書道 の伝統を超えた新たな書」としての意味を持ち、 絵画とは異なる方向性を示している。 現代では、AIによる画像生成や修正が進み、私 は「どこまでが本物で、どこからが人工的な加工 なのか」を日々考えている。この作品も、そうした A I時代の情報改変と重なる部分があり、「この 書はどこまでが現実で、どこからが非現実なの か?」という問いを投げかけている。 作品の「人」という古代漢字は、根本は人間と いう存在を象徴し、原初的な記号とも言える。言 語の最小単位にまで立ち返り、文字を単なる記 号ではなく、造形や概念として再構築した。これ は、言語が本来持っている「意味を伝える」とい う役割を問い直し、視覚的・感覚的な新たな言 語表現へ挑戦している。 現実と非現実の境界を探り、言語が持つ不確か さや、存在の曖昧さ、「人」という字が、ただの 文字でありながらも、人間の存在そのものを指し 示すという点に、リアルと抽象の間の「GA P」が 生じる。 後から加筆することで、今まで見えなかったもの を浮かび上がらせ、「書かれた文字は本当にこの 形だったのか?」と問いかける。
release ~解放~
画仙紙・墨・雲母・蝋
2023
作品は人が人に意思を伝えようとしている様子で ある。 同じ人間だが言語の違う人々がコミュニケー ションを取ろうとしており、言葉の奥に潜む沈黙 が、対話を縛りつけている。 人間は言語によって開かれた世界に住み、他者 の存在を認識し、想いを伝えようとしている。言 葉にして伝えることにコンプレックスを抱き、意思 疎通が苦手な作者もこの書の中の一人である。 画面の中で想像する会話は音声言語、作品自体 は文字言語という、消えてしまう物と残る物、言 語間での二面性を表した。 言語の壁に閉じ込められた人間同士が、ついに その枠を越えていく。 伝えられないことを恐れるのではなく、伝わらな いまま共に在ることを受け入れるとき、人は初め て「解放」される。
immune memory / 免疫の記憶
煤、ボンド、古墨、画仙紙
2022
人間の記憶ほど曖昧なものはない、と感じてい る。この作品では、感染症に対する免疫の記憶 を書で表現した。免疫の記憶は人の記憶と似て いて、ある感染症については鮮明に覚えている一 方、別のものは忘れてしまうことがあるという。 作品に使用した言葉は『衆生無辺誓願度』で、 古代漢字で表現している。これは、菩薩が修行 に入る前に立てる四つの誓い、四弘誓願の一つ で、「この世に生きる全ての人が幸せになれます ように」という意味だ。観音菩薩が、苦しむ人々 を救おうとして涙を流し、その涙から生まれた菩 薩を、金文という書体で表現している。 記憶とは編み目のようなものだと考えている。菩 薩の網膜を網に見立て、その上に書を施した。 無意識の底に沈んでしまった免疫の朧げな記憶 を、墨で表現した。
person in the eyes / 瞳に映る人
画仙紙 古墨 ボンド墨
2022
作品は「大和撫子」と書いてある。 日本人は奥ゆかしく、ストレートな表現が苦手 だ。私もその一人、戦争で負傷した兵士の目に 映る大和撫子を書き、反戦を訴えた。 文字は篆書体、鳥蟲篆、草書体を基盤に制作し た。熟語の意味を捉えるのではなく、積み重なる 文字は記号の羅列として考えた。 朧げな視力からとらえる文字らしきものと人らし きもの、視覚から捉える物体は同じなのではな いか。それならば目から入る情報の意味性は無く した方が良いと思った。 従来書道の立派な意味の言葉を書く、その人に 成り代わり詩文を書く行為ではない、イメージか ら来る新たな造形を作りたかった。 やまとなでしこは、理想的な日本人女性の擬人 化であるが、落ち着きがあり、装飾的で、親切 で、優しく、優雅で、謙虚で、忍耐強く、高潔で、 敬意を表して、慈悲深く、正直で、慈善的で、忠 実であるという。 蝋燭が消えかかる時、人は何を見るのだろうか。 負傷した兵士の眼に映る、若くて美しい、まだ、 あどけなさが 残る少女達。太平洋 戦争末期の 1945年3月23日、大和撫子の姿がそこにあった。 あくまでも私の想像である。
fusion
画仙紙 古墨 ボンド墨 煤
2022
篆書体で雄雌と書いている。 作品は横や逆さに倒しており、男女の契りを表し ている。 世界中で起こっているプラスチックごみの環境 問題は、今やビニール袋有料という現状を通し て誰もが認識している。私たちの生活に入り込 み、切っても切り離せないプラスチックは安全な のか? ある部分にプラスチックを使用した制作、3作目 となるこの作品はビニール袋に直接書き、それを 転写した。 プラスチックには様々な化学物質が使用されて いて特に内分泌撹乱化学物質が問題視されて いるらしい。 この物質が溶け出し、人に有害な影響を与えたと いう事例は今のところないが、微量であっても内 分泌系の働きや生殖機能にも障害や有害な影響 を引き起こすことになれば恐ろしいことである。 人類も含め、生物はさまざまな生殖方法で個体 を増やし、種の存続を目指しているが、日本の少 子化問題に加え、子孫を増やす有性生殖に異 常が出ないことを願い問題を投げかけた。 文字の転写は篆刻に見られるように読めること が目的とされているが、読むという頭で考える行 為を、見る、感じるという行いに変えたいと思い 文字を横たえ逆さまにした。
monolith
ボンド墨・フォトペーパー・画仙紙
2022
「ゆずりあう」「みとめあう」「たすけあう」「あゆ みあう」 四つの言葉をひらがなで記し、一枚岩の形に構 成した。 それは、スタンリー・キューブリック監督の映画 『2001年宇宙の旅』に登場する“モノリス”のよう に、人類の精神的進化を見つめる存在として表 している。 作中のモノリスは、宇宙の知的生命体が創り出 した高次の装置であり、銀河の生態系と接触を 重ねながら「精神こそが最も貴重である」という 結論に至る。 私はこの作品に、現代社会において人々が取り 戻すべき精神の在り方を託した。 人はどのように他者と関わり、どう生きるべきか。 ひらがなは、日本語という地球からの言語信号 のように、世界、あるいは未知の知的生命体へ 向けて発せられている。文字が重なり、すべて が読めなくとも、その痕跡に込められた想いは、 きっと高次の意識に届くだろう。 書は光と影を生み出す。それは陰陽の表現であ り、時間を封じ込めるという点で写真と呼応して いる。書かれた瞬間、線はすでに過去となり、揮 発する感情だけが痕跡として残る。 私はその一瞬を記憶の断片として、写真紙に定 着させた。 見えなくとも、痕跡は確かに「そこに在る」。 それこそが、人間の存在を示す最も純粋な証な のかもしれない。
bottom of page





























































